本学会は地すべり及びこれに関連する諸現象並びにその災害防止対策に関する調査・研究・受託および助成を行っています。

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学会長挨拶

日本地すべり学会の役割のこれまでとこれからにむけて

公益社団法人日本地すべり学会会長
(国研)森林研究・整備機構 森林総合研究所 国際戦略科長/浅野志穂

日本地すべり学会会長 浅野 志穂

 2024(令和6)年6月9日に開催された2024年度第2回理事会において、公益社団法人日本地すべり学会の第21代会長に任命された森林総合研究所の浅野です。これまでの歴代の学会長のご功績を思うと改めてその重責を感じているところですが、日本地すべり学会及び地すべりに関する学問の発展と社会の安心安全の実現に向けて、微力ながら大いに努めて参りたいと思っております。これは皆様からのご協力が無ければ実現できません。改めて皆様のご支援、ご指導を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

 日本では地すべり等防止法(昭和三十三年法律第三十号)が施行され、本格的な地すべりに関わる防災事業が各地で進められてきました。その中で1963(昭和38)年に地すべり総合研究会が設立され、社団法人化を経て、現在の公益社団法人日本地すべり学会(以下学会と称します)となり、設立当時から数えて今年で61年目となりました。地すべり等防止法で定義されている「地すべり」とは「土地の一部が地下水等に起因してすべる現象又はこれに伴つて移動する現象」となっており、その規模や速度、性質などは特に決まりはありません。学会でも地すべりを「岩、土あるいはその混合物の斜面下降運動」と定義づけており、そこには速度や規模、運動形態などを問わず、従来の地すべりだけでなく急傾斜地の崩壊や土石流、落石など斜面の土砂災害を総括した意味で使っているということは皆さんもご承知のとおりです。本学会の中ではこれまで「地すべり」に関わる多くの研究や開発が行われてきました。本学会は近年公益法人化したこともあり、研究開発の成果に基づく社会へ貢献、特に地すべりに関連した災害に対する社会の安心・安全の実現への貢献がより強く求められるようになっています。

 原点に遡って1964年に発行された「地すべり」第1号にある「発刊のことば」を紐解いてみました。そこでは日本は世界的にも地すべり災害が多いこと、地すべり災害は経済的損失に繋がっていること、理学・工学・農学など各分野の研究者が現地に集まり議論することで、長所は吸収し合い、短所は補い合うことで研究が進化すること、工事を担当する国の省庁や地方自治体それぞれが持つ独自の優れた知識を交換することで技術の進展が期待できることなど、これまで本学会で力を入れてきた内容が当時からそのまま受け継がれていることにあらためて感銘を受けます。その一方で、近年のビックデータの集積やデジタル地形データの高解像度化、衛星などの遠隔監視、ICTや生成AIなど情報関連技術の発達など、技術の進展がめざましく、学会でも「地すべり学会BIM/CIMネットワーク」を組織するなど、新たな技術にも積極的に取組を行っています。

 地すべりの調査技術や対策技術の発展、地すべりの理解の進展が進み、全国で地すべり対策事業が展開した結果として災害の危険性が低下し、安全性が向上した箇所が増えつつあります。公益社団法人としての学会も様々な形で貢献をしてきたところです。その一方で近年の気候変動に伴う豪雨・豪雪や地震等の予測の難しい極端な気象現象が引き金となる地すべり災害が繰り返し発生しています。また引き金となる極端な気象現象が無く突発的に発生する予測困難な地すべりも発生しています。また社会的にも少子高齢化が確実に進む中で、経済規模とバランスを取りつつ社会の安心・安全を確保する方法を確立する必要があります。これらの課題はこれまでの防災技術でだけでは不十分で、実現可能な新たな土砂災害防災対策を構築する必要があります。こうした多くの新たな課題にむけて研究開発とその成果の社会還元といった学会の取組がますます重要になっていると思います。多くの課題に取り組むため学会では、これまでに検討テーマを設置した委員会、現地見学会や討論会などのさまざまな活動を、学会全体としてだけで無く全国にある学会の支部も含めて実施してきました。

 このように社会の中でも公益法人として重要な役割を担う学会ですが、学会としてなにが重要かを最後に考えてみたいと思います。学会とはなにかについて事典などを紐解くと、学者や研究者が互いの知識や情報を交換し、研究成果の発表などの連携を図るためのコミュニティとなっています。こうした科学者のコミュニティは歴史的には16世紀頃まで遡り、当時はパトロンがいてその支援の元で当時の教会の権威等の影響を受けずに交流するため組織されたものが近代的な学会組織の先駆けとされています。その後、特定のパトロンを持たずに、専門の研究分野に参加する科学者それぞれが自主的に資金を持ち寄り、当時の社会権威から独立して運営する組織ができ、これが現代の学会に繋がっているようです。その成り立ちを考えると、学会は科学者(学会員)のコミュニティが基本であり、コミュニティの中では一人一人学会員が主役と言えます。学会の発展にはそれぞれの学会員がコミュニティへ積極的に関与し、そこで大いに意見交換し、刺激を請け合うことが最も大切なことだと思います。会費を払っていただき学会員になった方は、学会の中では全ての人が科学の上で対等であり、根拠に基づいて自由に意見を述べることが許され、聞く側も相手を尊重しつつもきちんと意見を言うことが許される貴重な場の参加者であり、そこには大いなる”発見する楽しさ”があると思います。特に地すべりの研究分野は、理学、工学、農学など様々な学術分野のバックグラウンドを持つ多様な学者・研究者・技術者が、同じ「地すべり」の現象を見てそれぞれの立場から見えてくる意見を交わし、そこから新たな発見ができる総合科学としての面白さは本学会ならではの特筆すべきところだと思います。過去の常識だけにとらわれず、自由に意見交換してお互いに刺激を受けつつ”ワクワク”した先に、困難な課題をもブレークスルーできるチャンスが訪れるものと思っています。

 学会活動の根幹となる研究発表会やシンポジウム・ワークショップ、学会誌を初めとした印刷物の発刊、災害調査や現地見学会、委員会活動、研究助成など、支部も含めたさまざま行事イベント等のメニューは、全てその科学的なコミュニティの場を広げること目指したものであり、今後も着実に提供できるように努めていきたいと考えています。学会員のみなさまも、ぜひこうした科学の上で自由で対等なコミュニティである学会を大いに”活用”して”ワクワク”を見つけてください。私たちはそのお手伝いができればと考えています。