(社)日本地すべり学会
平成13年3月24日芸予地震による斜面災害軽減対策に関する緊急調査結果報告(速報)

佐々恭二*・北川隆司**・福岡 浩*・王 功輝*・落合博貴***・井口 隆****・藤田 崇*****・小宮山賢太郎 ******
* 京都大学防災研究所,** 広島大学理学部, *** (独法)森林総合研究所, ****(独法)防災科学技術研究所, ***** 大阪工業大学名誉教授, ****** 樺電技術コンサルタント

   全文PDF(484KB)   写真・図のみPDF(459KB)   トップページ


平成13年3月24日に発生した芸予地震では,広島県,愛媛県等で震度4−5程度の地盤の揺れが生じた.幸い,降雨が少ない時期であり,地すべり・斜面崩壊による大きな災害は発生しなかった.
しかし,地震の揺れによって各所でひび割れや変形が生じており,この地震が土中の水分が多い時期に発生した場合に生じたであろう地すべり・斜面崩壊の予測や今後の地震・降雨での土砂災害の危険性を予測するための貴重なデータを提供しているものと考えられる.(社)日本地すべり学会では,佐々恭二(京都大学防災研究所)を団長とする緊急調査団を組織し,斜面災害が報告されている呉市,東広島市および加茂郡河内町の現場を4月8日に視察し,以下の調査項目について調査した.
1.地震動により地盤変状の生じた場所とその条件の調査(地震による斜面災害発生場所の予知のための基礎調査)
2.地震による斜面災害を軽減するための防災対策に関する基礎調査
3.地震・豪雨による斜面災害の発生場所,発生形態の違いに関する調査
また,平成11年の広島豪雨災害との対比により,地震・豪雨による斜面災害の発生場所,発生形態の違いに関する基礎調査を行った.詳細な研究成果は後日に公表することになるが,調査の概要について以下に報告する.

芸予地震の概要
芸予地震は2001年3月24日15時28分に,安芸灘付近の深さ約50kmを震源として発生したM6.4の地震である.この地震によって広島県と愛媛県を中心に,中国四国地方の広い範囲に強震動が生じて,大きな被害をもたらした.特に,広島県河内(こうち)町,大崎町,熊野町,大野町では震度6弱を記録し,その他にも瀬戸内海の周辺各地において震度5強を記録している.
独立行政法人・防災科学技術研究所の強震ネットの観測で得られた最大加速度の分布図によると,地中における最大加速度分布(図1)は,比較的振幅が小さく,震央を中心としてほぼ同心円の形状をしているのに対し,地表における最大加速度分布(図2)は,強震動の部分が二つ目玉を示すなど複雑な形状をしており,表層基盤の影響を受けて複雑に増幅されていることが伺える.

今回の地震では,鳥取県西部地震の震央付近で観測されたような極めて強い地震動は観測されておらず,比較的強い地震動が広域にわたって分布している.これは,今回の地震の震源が,地下約50kmとやや深いところにあったためと考えられる.
防災科研によるこの地震の発震機構の説明によると,この地域のフィリピン海プレートは四国中央部から広島県に向けて,北北西の方向に低角で沈み込んでいるが,瀬戸内海西部から豊後水道,日向灘の地域においては同プレートが西北西の方向に急角度で九州直下に沈み込んでいる.安芸灘付近はちょうど,フィリピン海プレートの沈み込む方向が変わる地域であり,プレートが東西に引っ張られる形で地震が発生したと考えられる.安芸灘周辺は,南海トラフから沈み込んだフィリピン海プレート内部での地震活動が活発であり,今回の地震もそのプレート内部で発生したものと考えられている.
今回の震源付近においては,過去にも大きな地震がいくつか発生している.M7クラスの被害地震は1649年,1686年,1857年に発生しており,最近では1905年にM7.3(芸予地震)が発生している.また1949年にはM6.2の被害地震が発生するなど繰り返し地震が発生してきた.

余震分布の特徴
3月24日15時27分に発生した本震に続いて,多数の余震が発生している.防災科研ではHi-Netの観測網によって余震の分布を捉えている.それによると余震はほぼ南北20km,深さ40〜70kmの範囲にわたって発生している(図3).本震は,この余震域のほぼ最北端に位置している.
本震の発震機構解によると,地震は東西伸長の正断層型で,フィリピン海プレートが東西に引っ張られる形で地震が発生したと考えられる.余震分布の東西断面からは,西に向かって深くなる傾向が見られ,この面を断層面と考えることができ,フィリピン海プレート内部で断層面の西側がずり下がる運動が生じたと推定される.
余震の発震機構解からは,本震と同様に東西伸長の正断層型を示すものもあるが,東西伸長の横ずれ型を示す場合もある.断層の型としては2種類に分かれるが,どちらの場合でも応力の向きは東西伸長であり,安芸灘直下のフィリピン海プレート内部では東西伸長の応力が支配的であることが分かる.
呉市では,急斜面に多くの住宅があり,両城町,的場町ほか,今回の地震で多くの住宅地の擁壁やその上の家屋の基礎地盤が崩壊した.もっとも目を引いたものを次に紹介する.

呉市的場町越智方擁壁の崩壊
 呉市的場町で典型的な尾根地形での擁壁崩壊が発生し新聞等でも取り上げられた(図4).呉湾を望む高台の西向き斜面にある家屋の基礎部分が擁壁と共に崩壊した(写真1).擁壁の上の家屋は明治時代に建てられたが,1999年6月の集中豪雨災害((社)日本地すべり学会広島豪雨災害緊急調査団,1999)の後,10日ほどして崩れた.その後すぐに擁壁の修復工事を行ったが,2年後の今回の地震でこの擁壁が再び倒壊した.崩壊面には風化した花崗はん岩が露出しており(写真2),節理は順層方向であるとともに,節理が離れつつあるところが散見した.雨水がこれらの節理沿いに浸透しやすくなっており,崩壊を誘発しやすくしたと思われる.
 地質的に見ると,呉市および河内町における崩壊分布は花崗はん岩分布域(図5)内で発生しているものが多い.広島周辺における花崗はん岩は花崗岩地帯に貫入してできた岩脈状の産状を示し,一般に堅いため尾根地形を形成しやすい.地震時には尾根地形での震動が増幅されやすいことが,花崗はん岩地域で地震時崩壊が多かった可能性が指摘されている.

広島大学南端盛土斜面の流動性崩壊
 東広島市の広島大学本部キャンパス南端の駐車場に隣接する盛土斜面で流動性崩壊が発生した.災害前後の平面図と縦断図を図6,図7に,災害後の写真を写真3に示す.地震直後には中間の道路上に約3mの高さで堆積していた.斜面下部には民家が1軒あったが,畑の中で停止したため,民家家屋には被害はなかった.しかし,もう少し流動していれば民家が直撃を受けていたと思われる.
滑落崖上端からの流動距離は水平距離H=約43m, 鉛直V=11mで,H/V=0.25,見かけの摩擦角φaは約14度程度となり,通常の土砂の摩擦角30〜35゜よりも小さく,流動性が比較的高い崩壊であったといえる.
 この場所では広島大学本部キャンパスが広島市内から東広島市に移転(1993)する以前,谷であったところを,駐車場を造成するために谷埋め盛土が施工された.谷の上部のキャンパス内に約2haの広大な調整池があり,また周辺地域には多数同様の池が点在していることからも,崩壊現場斜面の土中水分は常に相当量供給されていた可能性が高いと思われる.崩壊した斜面は盛土した上にのり枠工と植生工が施工されていたが,のり枠ごと崩壊した.さらに,崩壊土塊の側方の崩壊していない盛土部分でも,側溝の圧縮や猫走りの圧縮,傾動が見られ,斜面上部の駐車場付近でも道路の縁石部と道路アスファルトとの間に隙間が空き,斜面中断のアスファルトにクラックが入る等,変状が多数現れた.
 この盛土地盤材料はこの周辺地域で採取される西条湖成層と呼ばれる粘土混じりの砂質土である.西条湖成層の地質は0.2〜0.3Maの湖成または河川堆積物とされ,当時の蛇行した河川沿いに分布している.広島大学キャンパスのある鏡山地域はこの西条湖成層分布域と花崗岩分布地域の境界に位置している.写真4に試料を採取した様子を示す.
1995年1月の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)では関西地区に広く分布している大阪層群地域で,仁川地すべり,宝塚ゴルフ場地すべりなどの流動性崩壊が発生した.この大阪層群も湖成のシルト混じりの砂質土層であり,破砕しやすい特徴を持つ.Sassaら(1996)は地震時載荷中の粒子破砕による過剰間隙水圧の発生に伴う,「すべり面液状化」メカニズムが流動化の主要な原因であると主張しているが,広島大学南端の盛土崩壊が流動化した主要な原因もこの「すべり面液状化」である可能性が高い.今後試験を行うことで明らかにできるはずである.

河内町の造成地盛土地盤の変状
 沼田(ぬた)川沿いの高台で近年開発された「つつじヶ丘ニュータウン」(賀茂郡河内町中河内,1996〜1997年に造成)において道路のアスファルトや配水設備周辺に多数のクラックが発生した.さらにクラックの間から噴砂した跡が多数みつかった(写真5(a)).つつじヶ丘の地盤の造成前の地形,盛土の状況についての詳細は不明であるが,噴砂している場所と噴砂していない場所があり,住宅造成時に盛土した部分,あるいは水みちであり飽和していた部分で生じたものと思われる.写真5(b)は,住宅地内の道路の盛土部分の土砂が,道路擁壁のクラックから土石流的に流出してものである.規模は大きくはないが,この住宅造成地を構成する土砂の一部が,流動化したことを示している.
噴砂現象は従来,地震時の水平砂地盤では知られているが,傾斜地ではあまり知られていない.兵庫県南部地震では,西宮市豊楽町近くの沼地を埋め立てた地盤で報告されただけである.今回,山地の高台の造成地内で噴砂が確認されたことは,傾斜地であっても,(人工砂地盤で)土層の液状化,噴砂現象が起こり得ることを示しており興味深い.
 このニュータウンの斜面の下には別の集落があり,土砂災害に備えて,沈砂池が施工されていたが,地震前湛水していたものの,地震によってクラックが入り漏水した.また,コンクリート擁壁等が数cm程度斜面下方に変位したために生じたと見られるアスファルトの圧縮リッジが見られた.コンクリート擁壁の変位については,背後の盛土地盤内で発生した液状化による変位が主要な原因であると見られた.さらに詳細に調べると,造成直後でまだ家屋の建築が始まっていない宅地のいくつかと公園で,横断方向の引っ張りクラックが現れていることがわかった(図5(c)).これらはコンクリート擁壁の変位に関連したもので,それほど深いすべり面に起因しているとは思われないが,一部の家屋では,縁の下にクラックが現れ,庭が傾動しており,小規模ではあるものの,新築した家に引っ越したばかりの住民にとっては深刻な被害が生じている(図5(d)).
 兵庫県南部地震では,前記豊楽町や三条町において,大阪層群起源の地盤材料による谷埋め盛土による造成地で数m程度の地すべりが発生し,数多くの家屋に被害が生じた.全壊にいたるような被害ではないが,基礎が変動しており,取り壊さなければならない家屋が多数あった.この原因については,Vankov and Sassa(1999a, 1999b)が大阪層群土砂試料の両振り繰り返し載荷リングせん断試験により,緩傾斜の水平地盤であっても液状化,すべり面液状化が発生し得ることを示した.豊楽町などの事例と比べると,つつじヶ丘は変位量はmオーダーには届いておらず,大きな災害にはならなかった.原因としては,現場における地震による揺れが,阪神淡路大震災の時の阪神間の揺れより小さかったこと,あるいは前記のコンクリート擁壁が重しとなって大きな変位を免れたか,水位が低く,飽和度が高くなかった,またはこの部分の砂層は,大阪層群砂質土より透水係数が大きかったため,大きな過剰間隙水圧が発生しにくい,あるいは発生しても発散しやすかったためなどのいずれか,あるいはこれらの複合的原因が影響したと考えられる.

河内町周辺の落石
河内町周辺では多数の落石が見られた.写真6は椋梨川上流一般国道432号沿いで見られた落石である.2m近くの規模の落石も見られた.多くは,落石防護ネットを張ってあった箇所で発生している.小規模な落石,薄い岩盤剥離はネットの中に保持できているが,巨岩が落石ネットを突き破って崩落した箇所も多い.

まとめ
 今回の地震では長距離運動した流動性崩壊の数は少なかったが,谷埋め盛土における変状について広島大学とつつじヶ丘ニュータウンにおいて貴重な事例の資料を収集することができた.その原因としてはいくつかの理由が考えられるが,可能性の高いものとしては,一つには,地盤の揺れが阪神震災の時より小さかったと思われること,一つには西条湖成層は,粘土,シルト質の混じったものであったが,多くは透水係数の高いまさ土であり,過剰間隙水圧の発散速度が,大阪層群よりも高く,間隙水圧が蓄積されにくい土層であったように思われた.また,透水係数が高い土層では,降雨の少ない時期には土層内に飽和部分が形成されないので,流動性崩壊の危険度が小さくなると推定されることなどが挙げられる.
しかしながら,今回紹介した広島大学での崩壊やつつじヶ丘の例のように,大きな災害に至っていないが,地震の揺れが,もう少し大きいか,地盤内の飽和度/水位がより高く,かつ飽和部分がより広かった場合においては,今回よりはるかに大きな災害現象が発生していた可能性が高い.

謝 辞
本調査を実施するにあたり,調査前および調査後の資料提供や現地調査の便宜を図っていただいた広島県土木建築部河川砂防総室砂防室,独立行政法人防災科学技術研究所,広島大学総合科学部の海堀正博氏,広島大学施設部,(株)中電技術コンサルタントの曽我部淳氏と荒木義則氏に感謝いたします.

参考文献
Sassa, K., H. Fukuoka, G. Scarascia-Mugnozza, and S.G. Evans. 1996. Earthquake-induced-landslides: Distribution, Motion and Mechanisms. Special Issue of Soils and Foundations, pp. 53-64.
地すべり学会・兵庫県南部地震等に伴う地すべり・斜面崩壊研究委員会. 1995. 兵庫県南部地震等に伴う地すべり・斜面崩壊研究報告書, 255 pages.
Vankov, D.A. and K. Sassa. 1999a. Mechanism of Earthquake-induced Landslides on almost Flat Slopes Studied with a Ring Shear Apparatus. Journal of Natural Disaster Science, Vol. 21, No. 1.
Vankov, D.A. and K. Sassa. 1999b. Experimental Study on the Influence of Rate of Loading on Pore Pressure Generation in Sandy Soil.地すべり学会第38回研究発表講演集, pp.91-94.
地すべり学会広島豪雨災害緊急調査団. 1999. 平成11年6月広島豪雨災害緊急調査団現地調査結果(速報),地すべり,Vol.36, No.2, pp.48-51.


キャプション
写真1 呉市的場町・越智方擁壁の崩壊.(a)擁壁下方からの写真,(b) 擁壁上からの写真.
写真2 同上,基岩の花崗はん岩とその節理面.
写真3 広島大学本部キャンパス南端の流動性崩壊.(a)(b) 発生直後の源頭部と末端からの写真(CHUKEN社撮影),(c) 崩壊全景.
写真4 広島大学本部キャンパス南端の流動性崩壊の現場で採取した西条湖成層の土砂.
写真5 賀茂郡河内町つつじヶ丘ニュータウンの(a)道路のアスファルトに入ったクラックと噴砂の跡.(b) 盛土部の土砂が流動化し擁壁から漏れ流出した跡.(c) 未分譲の宅地に現れた引っ張りクラック.(d) 民家の基礎を破壊したクラックと噴砂.
写真6 賀茂郡河内町下河内の椋梨川上流一般国道432号沿いで見られた落石.


図1 地中における地震加速度分布((独法)防災科学技術研究所)
図2 地表面における地震加速度分布((独法)防災科学技術研究所)
図3 芸予地震の余震分布((独法)防災科学技術研究所)
図4 本調査団の主な視察現場の位置図.
図5 呉市の地質図と的場町の擁壁崩壊の視察現場の位置図.
図6 広島大学本部キャンパス南端の盛土崩壊の平面図
図7 広島大学本部キャンパス南端の盛土崩壊の図5中のC-C'に沿った中央縦断面図.
図8 つつじヶ丘ニュータウンの平面図と団地内の地盤変状の分布.