2000年新島近海地震による斜面崩壊
伊藤雄二(東京都大島支庁)・伊藤克己(株式会社 キタック)
2000年7月15日午前10時30分、伊豆諸島新島の北西沖を震源とするM6.3の地震(図-1)により、伊豆七島のひとつ新島で震度6弱、大島で震度5弱を観測するなど関東、東海地方から北陸、山陰地方の広い範囲で揺れが感じられた。 この地震により、新島では多数の斜面災害が発生し(写真-1、図―3)、住宅や道路、港湾施設等に大きな被害をもたらした。
写真-1 新島北部若郷地区における崩壊の発生状況。正面は新島山の溶岩円頂丘.麓の集落が若郷地区.右下は井沢磯.
新島は後期更新世から完新世に活動した10数個の単成火山から成っている(図―2;一色、1984)。これらは標高100〜400mで山頂部に特徴的な平坦面を有する台地状の流紋岩質の溶岩円頂丘群で、南北方向に連なっている。また、山頂平坦面の直下は50〜70度程度の急斜面となっている。これらの火山体の周辺部には火山灰層や火砕岩部分をともなうところが多い。とくに、北部の若郷地区には、島の北端西方数百m沖で活動したとされる若郷火山の玄武岩質ベースサージ堆積物が堆積している(最大層厚60m以上)。これらはかなり膠結していて、南九州に広く見られる「シラス」と類似している。若郷地区南方の井沢磯では、勾配約70度、高さ約60mの海食崖を形成している。
2.崩壊の特徴
今回の地震に起因する新島北部における斜面崩壊は主に、海岸にそった急崖に発生している(図-3)。
崩壊はいくつかのパターンに分類することが可能である(図―4)。ここではそれらのうち代表的な3つのパターンを紹介する。
流紋岩溶岩円頂丘は、しばしば流理や節理が発達し、それに沿って割れやすくなっている。溶岩円頂丘の山腹の不安定な露岩部の各所から比較的新鮮な流紋岩の岩塊が剥離・崩落した(写真−2,写真−3)。崩落岩塊の長径は、一般に3m以下であるが、新島山の西斜面では9mに達する巨大なものも認められた(写真-4)。
写真-2 流理や節理が発達する流紋岩体の急崖の崩落(渡浮根漁港)。
写真-3 柱状節理の発達する流紋岩体の急崖の崩落(若郷集落北端の新島山西斜面)。
写真-4 長径9mの流紋岩の落石。高さ4mの鋼製落石防護柵を破壊し、平坦面に達して停止した。
2.2 溶岩円頂丘遷急線直下の崩壊(図-4(b)、(c))
溶岩円頂丘の山頂平坦面直下には流紋岩質の火砕岩が分布しているところが多く、ほとんど膠結しておらず、未固結の礫質土である。これらが分布する溶岩円頂丘直下の急崖で浅いすべりが発生し、流動(一部崩落)しながら下方に達した(写真-5、写真-6)。流動あるいは転動・躍動した物質は、走路の植生だけでなく、新鮮な流紋岩の岩盤斜面表層部の岩塊をも取り込みながら下方に達した個所もある(図-4(c)、写真-7)。巻き込まれた岩塊の存在した岩盤斜面には流理や節理が発達している場合が多い。 崖上部で崩壊が多く発生した原因は、このような地質的要因だけでなく、地形的に地震波が増幅されやすいことも関連している。
写真-5 溶岩円頂丘遷急線直下の崩壊(新島山南西斜面)。溶岩の上位には、厚さ80mの火砕岩が分布しているが、同様の火砕岩を発生源とする崩壊が各所に認められる。
写真-6 溶岩円頂丘遷急線直下の崩壊(赤崎峰の西側斜面)。
崩壊は火砕部のみに生じており、下位にある溶岩の崖では表層の植生が削り取られたのみ。
写真-7 上部の火砕岩部分の崩壊状況(新島山西斜面)
流動した土砂は流理や節理のある流紋岩を岩塊として取り込んだ。(写真-5の北に隣接する箇所)
3.3 ベースサージ堆積物からなる崖の崩壊(図-4(d)
井沢磯にある約70度の急崖では、全体の約80%で崩壊が発生し、新鮮な崖面が露出した(写真-8)。崩落崖の勾配は崩壊前とほぼ同一で、崩壊の横断形状は崖上部から下部にかけて、ほぼ同一の層厚である。崩土の形状から元の地形は復元できず、脚部が崩土に覆われているため、崩壊の詳細なメカニズムは確認できない。
地層の上下関係はおおむね残されている復元できることや、崩土の表面には植生が埋没せずに残っていることなどから、トップリングが発生したとは考えにくい。土砂移動の初期段階の移動形態はすべりと考えられる。確認した崩壊層厚は最大で4m(写真-9)。玄武岩質のベースサージ堆積物は常時は比較的自立性が高く、切土は比較的急勾配(一般に1:0.3〜1:0.5程度)である。それらの法面の多くの箇所で同様な崩壊が発生した。
写真-8 ベースサージ堆積物からなる崖の崩壊(井沢磯)
比高約60m、勾配約70゚の急崖全体の約80%が崩壊した。崩積土塊の表層にはもとの植生が認められる。崖は大部分玄武岩質の火砕物であるが、最上部には流紋岩質のベースサージ堆積物が載っている(層厚5m前後)。
写真-9 ベースサージ堆積物の崩落土塊(崩積土の一部)。土塊の最上部には流紋岩質のベースサージ堆積物がのっているが、その不整合面や葉理は保存されている。土塊の水平長は約4m、崩壊深は4m以上。
参考文献
磯部一洋(2000): 2000年伊豆諸島地震災害を新島に観る.地質ニュース554号.2000年 10月.p5-16
一色直記(1984): 20万分の1地質図幅.「三宅島」,地質調査所.
一色直記(1987):新島地域の地質(1/5万地質図「新島」解説書).地質調査所,1987年 3月.
日本の地質「関東地方」編集委員会(1986):日本の地質3 関東地方,古今書院,214p.